永遠の命に至る水 [7月26日説教要旨]

聖書箇所:ヨハネによる福音書4章1節~15節

神様の下から来られた主イエスが、その教えを力強く語るのです。多くの人々が熱心に耳を傾けていました。ところが、ファリサイ派の人たちはこの動きを警戒しました。主イエスは、宣教の場をガリラヤに移されました。

サマリア人とは、イスラエル王国の生き残りの住民とアッシリア人との混在の結果できた民族であり、ユダヤ人から見たら異教的混血の人々だったのです。

ユダヤ人は、サマリア人を嫌い、エルサレムからガリラヤに行く際サマリアを避ました。しかし、主イエスはある意図を持ってサマリアを通られました。

主イエスは、シカルという町にある、ヤコブの井戸に来られました。時は、正午頃、サマリアの緯度は北緯32度、これは日本で言うと九州南部に相当します。暑かったのでしょう。そこに、サマリアの女性が水を汲みに来ます。

正午という時刻と喉が渇くという場面は、19章にも出て来ます。主イエスの十字架の場面です。主イエスが話された言葉の意味は、肉体的なのどの渇きというより、霊的なものであるのだということが分かります。

主イエスは次のように答えられます。

イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」

神の賜物とは、わたしたちが神の子として生きるために必要な糧のことであり、無条件で、無償で与えられる聖霊なのです。神の賜物を知り、それをどこに求めるべきかを知る者として、この福音書は、その答えをサマリア人の女性に対する主イエスの言葉という形で知らせるのです。

主イエスの言葉は、真理であるとともに、霊なのです。心の奥深く、私たちの存在の奥深くまで届くのです。

復活した主イエスが与える聖霊は、それを受けた人の中で湧き出る水の泉となって、永遠の命に至るのです。復活者キリストが信じる者に与えてくださる「生ける水」すなわち聖霊は、私たちの内で湧き出る泉となるのです。

この内から溢れる聖霊こそ、この福音書の主題である「永遠の命」です。

ヨハネによる福音書は、人々がこの信仰によって、賜物としての聖霊を無償で受け、その聖霊によって永遠の命に生きるようになるために書かれた福音書なのです。主イエスは、この生きた水を、聖霊なる神様を、受け取りなさいと招いておられます。