「キリストと呼ばれるメシア」[8月2日説教要旨]

聖書箇所:ヨハネによる福音書4章16節~26節

主イエスは、サマリアの女性が「その水をください。」と要求したことに対し、「行って、あなたの夫を呼んで来なさい」と言われます。女性が夫はいません、と答えると、「あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。」と、女性がしてきたことを言い当てます。この女性は、主イエスに圧倒的な力を感じ、ずっと心にしまっていた、礼拝するべき場所はどこなのか、という疑問をぶつけました。
主イエスは「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。」と答え、さらに「まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」と教えられます。
礼拝する時は、今、すでに来ている。霊と真理をもって礼拝するならば、場所はどこでも構わない。礼拝する人に求められるのは、まことの礼拝をすることであり、まことの礼拝とは、霊と真理をもって礼拝することであると、言われるのです。父なる神様は、「このように礼拝する者を求めておられる」のだと言われるのです。
女性が、「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」
と告白すると、主イエスは、「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」
とご自身を明かされます。主イエスは、ユダヤ人から軽蔑されていたサマリア人、それも度重なる結婚で自分自身も傷つき、周りから冷たい視線を向けられていた、この女性に対し、ご自身が何者であるかを明らかにされたのです。主イエスの福音は、信じる者であれば、誰にでも届くことを示しているのです。
8月第一日曜日は「平和聖日」として平和を祈る日です。多くの戦争の根幹には、宗教の対立があります。しかし、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は旧約聖書を経典とし、いわば、同じ神様を信じているのです。しかし、自分たちの礼拝様式、教えが絶対だと主張して、争っています。
主イエスは、永遠の昔から一緒におられた父なる神様のことを御自身の全生涯で示されました。そのことを信じている私たちキリスト者には、和解の務めがあるのではないでしょうか。
主イエスは、私たちを、「まことの礼拝者として、霊と真理をもって父なる神様を礼拝する者として」礼拝の場に立つよう、招いてくださっています。