主イエスは「弟子たちよ、あなたがたは『刈り入れまでまだ四か月もある』というユダヤ人のことわざに従って、刈り入れ、終末の審判がまだ先だと考えているようだが、目を上げて見てみなさい、世界はすでに刈り入れの時を迎えているのだ。」と言われます。主イエスは、父なる神様の御心である人の罪が赦される道を、十字架上で成し遂げられました。ですから、収穫の時はすでに来ているのだと言われます。
永遠の命に至る実とは、永遠の命が与えられるという実のことです。
ヨハネによる福音書15章4節には、次の言葉があります。
わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。
福音宣教では、種を蒔く人も刈り入れる人も、共に喜ぶのです。主イエスが既に福音の種を蒔いておられます。旧約の預言者や聖徒は労苦し、主イエスは旧約の預言を成就されました。そして私たちは、主イエスに遣わされて生かされています。
女性の証言を聞いたサマリア人は、彼女の変化に驚き、救い主に違いないと思い信じました。
主イエスは「それは、あなたと話しているこのわたしだ。」とご自分がキリストと呼ばれるメシアだと明かされました。彼女は主イエスに出会い、「この方こそ来るべきメシアなのだ。私がしてきた事をすべてご存知の上で、受け入れてくださる方だ。」と確信したのです。サマリアの人々は、彼女の変わりようにびっくりしました。主イエスに出会うと、こんなにも人を変えてしまうのか、と驚きました。
サマリアの町スカルの人々は主イエスの元に来て、自分たちの所に来てとどまるよう頼み、主イエスは2日間滞在されました。ここで、「留まる」「滞在する」という言葉は、15章4節の「つながっている」と同じ言葉です。主イエスがとどまったということは、彼らが主イエスの言葉につながったこと、主イエスの言葉によって信じたことを表しています。これは今の教会にも当てはまるのではないでしょうか。教会に来るきっかけは様々ですが、最終的に信じるかどうかは、主イエスの言葉につながるかどうかです。
サマリアの町スカルの人々は言うのです。私たちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であることが分かったと。福音書記者ヨハネは、サマリアの町スカルの人々の口を通して、主イエスが世界全体の救いのために父なる神様から世に遣わされた方であることを伝えているのです。