スイスの医師ポール・トゥルニエは「人生の四季」の中で、人間の一生80年の生涯を四季にたとえた。0~20歳は将来に向けての準備をする「春」、20~40歳は活動する「夏」、40~60歳は収穫する「秋」、そして60歳から80歳は、人生の成熟期、霊的に成長する時期である「冬」であると述べている。
人生の冬の時期にいる者が実感していることは何であろうか。体力、知力や記憶力の衰えなど、人生の冬はまさに「冬枯れの時期」であり、イザヤの言葉を借りるならば「ほの暗い灯心」に思えて来る。
しかし、このふらつきよろめくように老いの坂を降り続ける者を、支える力強い杖があることを私たちは見失うことがあってはならない。この杖について、旧約の詩人は
死の陰を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖がわたしを力つける」(詩編23:4)
と謳う。主イエスは羊飼いとして、この杖で真冬の中にある私たちに対し、「ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道を示し」て(イザヤ42:3)しっかりと支えてくださる。
主イエスが導いてくださる所は、愛の花咲く花園、フラワーガーデンである。花園には多種多様な花があるが、花には必ず花言葉がある。主イエスが世に遣わされて現わされたのは、ただ一つ十字架の愛であり、パウロはその愛を、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和であると記している。主イエスはこうした喜びの花、親切の花、寛容の花咲く花園に、私たちを導いてくださっている。
私たちはこの愛の花を老いの身の飾りとして、この世の馳せ場を走り抜きたい。マラソンの勝利者には栄光の月桂樹の冠が授けられる。私たちも主イエスが備えて下さった馳せ場を走り抜き、義の栄冠を授けられる希望に生き、この厳冬を「人生の中で一番の成熟期」、「霊的に成長する時期」としたい。