今日の箇所は、ヨハネ共同体がユダヤ教会堂に対して、主イエスは父なる神様から遣わされた独り子であることを弁明しています。まず、自分自身の証言は真実ではないと原則を述べた上で、議論を進めます。
主イエスは、御自身が父なる神様と一体であることを、以下に四つの観点で証ししています。
第一の証言は、洗礼者ヨハネの証しです。ヨハネは「自分はメシアではない。私は水でバプテスマを授けるが、私の後から来られる方は、聖霊によってバプテスマを授ける方である。」と、主イエスを正しく証言したのです。しかし、主イエスは、人からの証言は必要ないと言われます。
第二の証言は、父なる神様が成し遂げるように与えられた業です。この業、働きが、主イエスが神様の独り子であることを証言しています。
第三の証言は、神ご自身です。ユダヤ人はモーセを通して与えられた律法を、神の言葉として受け取りました。しかし、彼らは自分の力で律法の要求を実行しようとし、できなかったのです。もし神様の言葉を受け入れていたら、神様のお姿を見た唯一の方、主イエスを信じたはずだと言うのです。
主イエスを他にして、神を語ることはできません。神様は、主イエスによって示されたのです。
第四の証言は、聖書です。旧約聖書は主イエスの到来を示す言葉で満ちているのです。そして、主イエスの光に照らさなければ、聖書を正しく理解することができないと述べています。
ユダヤ人たちは、熱心に聖書解釈をしたのですが、彼らは律法を民の信仰と生活を外から律する戒めの体系としました。聖書の中から、主イエスが父なる神様の独り子であるという証言を聞き取るためには、聖霊の働きが不可欠なのです。人間の努力で分かるものでは無いのです。
これらは、四つに分かれていますが、元は一つです。それは、父なる神様だということです。
そして、父なる神様は、主イエスだけが現わしているのです。そのことが旧新約聖書としてわたしたちに与えられています。聖書を、聖霊の導きによって読む中で、私たちは主イエスが父なる神様から遣わされた独り子であることが分かるのです。